【わたしの夢日記⑤】白山神社のそばで同じ男性に出会う|遠くの洋館と朝の光の夢

夢なのに、「これは毎日の出来事だ」と分かっている。

今回見たのは、そんな少し不思議な夢でした。

場所は、新潟市にある白山神社や陸上競技場の近く。

私は公共トイレへ向かうため、いつも同じ道を歩いています。

そして毎回、ほとんど同じ時間に、同じ男性とすれ違います。

会話をするわけではありません。

男性は私を見ると、

「またコイツか」

と言いたそうな表情をして、そのまま通り過ぎていきます。

そしてその道の先には、遠くに大きな洋館が見えていました。

今振り返っても、出来事そのものより、何度も同じ一日を繰り返しているような感覚が強く残っている夢です。

白山神社から見える大きな洋館

見た夢

私は、新潟市にある白山神社と陸上競技場の近くを歩いていました。

公共トイレへ向かう途中の道です。

そこでは、必ず同じ時間帯に一人の男性とばったり出会います。

男性は私を見ると、

「またコイツか」

というような目をして、少し面倒そうな表情のまま無言で通り過ぎていきます。

話をすることはありません。

それでも、私は毎日その男性と同じ場所ですれ違っていました。

公共トイレの周辺から遠くを見ると、大きな洋館があります。

私はその洋館を、毎日のように少し離れたところから眺めていました。

景色は朝の光に包まれていました。

明るい風景だったはずなのに、私はなぜか少し切ない気持ちになっていました。

「また会った」というより「今日もいる」という感覚

この夢でまず気になるのは、男性との出会いです。

偶然一度だけ会った人ではありません。

夢の中の私は、

「この人とはいつもここですれ違う」

と最初から知っていました。

男性の方も同じだったようで、私を見るたびに「またコイツか」というような表情をします。

お互いに顔は知っている。

でも、名前は知らない。

話したこともない。

友人でも知人でもない。

ただ、同じ時刻に同じ道を歩くことで、いつの間にか相手の存在だけを認識している。

文章にしてみると、現実でもありそうな関係です。

だからこそ、この夢は妙にリアルだったのかもしれません。

男性の嫌そうな表情が妙に印象に残った

男性は私に何かを言ったわけではありません。

怒られたわけでもありません。

それでも、

「またコイツか」

と思われているような表情だけは、はっきり覚えていました。

夢の中の私は、その男性に声をかけることもありません。

男性も私に声をかけません。

毎日顔を合わせているのに、二人の距離はまったく縮まらないままです。

今考えると、この「知っているのに知らない人」という距離感が不思議です。

もし一度きりの登場人物だったら、ここまで記憶に残らなかったかもしれません。

何度も同じ場所で見かけるからこそ、

「この人は誰なんだろう」

という感覚が、目覚めたあとにも残りました。

遠くに見えていた大きな洋館

男性と同じくらい印象に残ったのが、遠くに見える大きな洋館でした。

私はその建物へ向かって歩いていたわけではありません。

中に入ることもありませんでした。

ただ、公共トイレの周辺から毎日のように眺めています。

この「近づかずに、遠くから見ている」という距離感も印象的でした。

夢の中の私は、

「あそこへ行ってみよう」

とは考えていません。

そこに建っている洋館を、毎日眺める。

それだけで一つの日常になっていました。

知らない男性とすれ違うことも、遠くの洋館を見ることも、夢の世界ではずっと繰り返されていたように感じます。

朝の風景なのに、少し切なかった

洋館のある風景は、朝の光に包まれていました。

暗い夜でも、雨の日でもありません。

普通なら明るく爽やかな印象になりそうです。

それなのに私は、その景色を見ながら少し切ない気持ちになっていました。

今回の夢では、この感情が特に気になります。

怖い夢ではありません。

悲しい出来事が起きるわけでもありません。

それなのに、きれいな朝の景色を見ていると少し寂しい。

目が覚めたあとに夢を思い返したときも、洋館そのもの以上に、そのときに感じていた空気が残っていました。

夢は出来事だけではなく、こうした説明しにくい感情まで一緒に記憶に残ることがあります。

あとから知った、この場所の昔の姿

この夢を見てから、気になって周辺について調べました。

すると、私が生まれる前、この周辺には以前の新潟県庁舎があったことを知りました。

新潟県の資料によると、昭和7年(1932年)に新潟市学校町通一番町に県庁舎が新築され、その後、現在の県庁舎は昭和60年(1985年)に移転しています。

夢の中で見た洋館と、実際に存在した県庁舎が同じ建物だったと断定することはできません。

それでも、夢を見たあとから現実の土地の歴史を知ったことには、不思議な面白さを感じました。

普段歩く場所にも、自分が知らない時代の風景が重なっている。

そう考えると、夢の中の洋館も少し違って見えてきます。

現実でも「同じ一日」に疲れていたころ

この夢を見たころ、私は現実でも、同じような毎日の繰り返しに少し疲れていました。

通勤や人付き合いなど、日々の生活の中で、

「今日もまた一日が始まる」

という感覚が強くなっていた時期です。

夢の中でも、同じ道を歩き、同じ時間帯に同じ男性と出会い、同じ洋館を眺めています。

もちろん、それがそのまま現実の生活を表していたのかは分かりません。

でも今振り返ってみると、夢の世界まで「繰り返す日常」になっていたことには少し驚きます。

一方で、毎日まったく同じように見える風景の中にも、私は遠くの洋館を見つけていました。

その建物を眺める時間だけは、単純な繰り返しとは少し違うものだったようにも思います。

ChatGPTにも夢の意味を聞いてみた

この夢について、ChatGPTにも夢占いとして解釈してもらいました。

ChatGPTは、何度も同じ男性とすれ違うことを「繰り返している思いや現実」、遠くの洋館を「理想や目標」として読む見方を提示しました。

また、公共トイレについては、何かを整理したり手放したりする象徴として捉える解釈もありました。

以前は、こうした夢占いの意味を読むと、

「この夢はそういう意味だったのかもしれない」

と考えていました。

今は少し違います。

ChatGPTの解釈は夢の答えではなく、自分が夢のどこに引っかかったのかを考えるためのヒントとして読むくらいが、自分には合っているように感じています。

今振り返ると、洋館より「距離」が気になる

改めてこの夢を書き直してみて気づいたのは、いろいろなものとの間に距離があることです。

男性とは毎日会うのに、話をしない。

洋館は毎日見るのに、近づかない。

そして私は、その同じ道を繰り返し歩いている。

何か大きな事件が起こる夢ではありません。

それでも「近くにあるのに届かない」という感覚が、夢のあちこちに残っています。

以前は洋館を「理想の象徴」として考えることの方が多かったのですが、今はその意味以上に、

私はなぜ毎日、遠くから眺めるだけだったのだろう

ということの方が気になります。

夢だから、答えはありません。

だからこそ、こうして記録しておきたいと思います。

夢の意味より、朝の光を覚えていたい

この夢で一番残しておきたいものを一つ選ぶなら、私は「朝の風景」だと思います。

いつも同じ男性。

いつも同じ道。

遠くに見える大きな洋館。

そして、朝の光。

何も特別なことは起きないのに、なぜか少し切ない。

その感覚まで含めて、一つの風景として記憶に残っています。

夢占いをすれば、一つ一つのものに意味をつけることはできます。

でも私はこれから、意味だけではなく、

「何を見たのか」

「なぜそこだけ覚えているのか」

「目覚めたあと、どんな気持ちが残ったのか」

を大切にして夢日記を書いていきたいと思っています。

あの男性が誰だったのかも、遠くの洋館が何だったのかも、夢の中では分かりませんでした。

それでも、朝の光の中で同じ道を歩いていた感覚は、今も不思議な記憶として残っています。


※この記事は、実際に筆者が見た夢をもとに、夢の内容と目覚めてからの印象を記録した夢日記です。

※ChatGPTによる夢の解釈は、自分自身の夢を振り返るための参考として紹介しています。夢の意味を断定するものではなく、心理的・宗教的・医学的な診断を目的とするものでもありません。

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