夢から目が覚めたあとも、しばらく頭の中に残り続ける夢があります。
今回の夢で特に印象に残ったのは、「かぼちゃ電車を見られてラッキー」と思った直後、海の方で大火事が起きていることに気づくという、急激な場面の変化でした。
しかも私はなぜか和装姿。
火事から逃げながら周囲の人にも危険を知らせ、最後には競技レーンを走っていました。
夢らしい脈絡のなさがあるのに、一つ一つの場面は妙に鮮明でした。
今回は「この夢にはどんな意味があるのか」という夢占いだけではなく、私自身が夢のどこに引っかかったのか、起きてから何を感じたのかを中心に振り返ってみます。

見た夢
私は、和装姿でおつかい帰りに歩いていました。
すると、横をかぼちゃ電車が通り、「かぼちゃ電車だ!見れてラッキー」と言って後ろを振り向くと海の方では大火事になっていました。
かぼちゃ電車の運転士さんは「火事だから逃げなさい」と言いました。
私は走って途中、会う人に「海の方で火事だ!」と言いながら走り続けます。
他の人も走るようになりました。
走って逃げていたら最後に競技レーンをその和装姿で走っていました。
「ラッキー」から一瞬で大火事に変わったこと
この夢で一番不思議だったのは、気持ちが一瞬で切り替わったことです。
かぼちゃ電車を見つけた私は、
「見れてラッキー」
と喜んでいました。
ところが振り返った瞬間、海の方では大火事が起きています。
珍しいものを見つけた喜びと、すぐに逃げなければならない危機感。
まったく反対の感情が、ほとんど間を置かずにつながっています。
夢から覚めて振り返ると、私は「火事そのもの」以上に、この急激な変化が印象に残っていました。
楽しい場面を見ていたはずなのに、振り返ったら世界が変わっている。
夢の中では自然に受け入れていましたが、文章にするとかなり奇妙な展開です。
なぜ「かぼちゃ電車」が夢に出てきたのだろう
夢に登場した「かぼちゃ電車」は、完全に架空の電車ではありません。
新潟で実際に走っていた旧新潟交通電車線の車両です。
緑と黄色の特徴的な姿から「かぼちゃ電車」と親しまれ、電車線が廃止された現在も、旧月潟駅に車両が保存されています。
夢の中では、その今は通常運行していない電車が、ごく普通に私の横を走っていきました。
だから私は「かぼちゃ電車だ!」と喜んだのだと思います。
現実では日常的に走っていないものが、夢の世界では当たり前のように動いている。
そこには少しだけ、昔の風景に入り込んでしまったような感覚があります。
私にとって、この夢のかぼちゃ電車には「懐かしいもの」というだけではなく、現実にはないものがもう一度動き出す、不思議な存在感がありました。
和装姿なのに、とにかく走っている
もう一つ気になったのが、自分の服装です。
私は火事から逃げているのに、なぜか和装姿でした。
普通なら走りやすい服装になりそうなのに、夢の私は最後までその姿のまま走っています。
しかも最後にたどり着くのは、競技用のレーンのような場所です。
「逃げている」という状況だったはずが、いつの間にか「決められたコースを走っている」ような場面に変わっています。
ここも夢らしくて面白いところでした。
最初はおつかい帰り。
次に電車を見つける。
火事に気づく。
人に知らせながら逃げる。
そして最後には競技レーンを走る。
振り返ってみると、この夢はずっと「移動」が続いています。
場所も目的も変わっていくのに、私は最後まで立ち止まりません。
自分だけ逃げず、人に知らせていたこと
夢を文章にしてから意外と気になったのが、
「海の方で火事だ!」
と、途中で会った人たちに伝えながら走っていたことです。
自分だけが逃げればいい状況なのに、夢の私は周囲に火事を知らせています。
すると、その人たちも走り始めました。
夢を見ている最中には特に不思議に思っていなかった場面ですが、あとから考えると印象的です。
かぼちゃ電車の運転士さんから私へ、
「火事だから逃げなさい」
と危険が伝えられ、
今度は私から別の人たちへ、
「海の方で火事だ!」
と伝わっていく。
この夢には、何かを「知らせる人」が次々と入れ替わっていく流れもありました。
ChatGPTにも夢の象徴を聞いてみた
自分だけでは思いつかない見方も知りたくて、ChatGPTにも夢について聞いてみました。
ChatGPTの解釈では、
- 火は、情熱や大きな変化
- 海は、感情や無意識
- 電車は、人生の流れや進む方向
- 走ることは、変化に対応しようとする動き
などとして読むことができる、というものでした。
もちろん、夢に「これが正解」という意味があるとは限りません。
夢占いは医学的・心理学的な診断でもありません。
それでも、こうした象徴の読み方をきっかけにして、
「私はこの夢のどこが気になったのだろう?」
と考えてみることには面白さがあります。
ChatGPTの回答を読んで思い出したこと
この夢を見た少し前、私は創作活動の方向性について考えていました。
そのことを思い出すと、「火」や「走り続ける」という場面に対する見え方も少し変わりました。
ただ、今振り返ってみると、私が特に惹かれるのは「火=情熱」のような一つ一つの象徴よりも、夢全体の展開そのものです。
懐かしい電車を見つけて喜ぶ。
振り返ったら火事になっている。
誰かに逃げるよう言われる。
今度は自分が他の人に危険を伝える。
そして、和装のまま競技レーンを走る。
一つの意味できれいに説明できないところが、かえってこの夢らしい気がします。
夢占いよりも、「なぜ覚えていたのか」を残しておきたい
以前は、印象的な夢を見ると、
「これは何を意味するのだろう」
ということが一番気になっていました。
でも夢日記を書いていくなら、意味を調べることだけでなく、
どの場面を覚えていたのか。
起きたとき何を感じたのか。
数日後に振り返ると、どこが気になるのか。
そうした自分自身の感覚も残しておきたいと思っています。
今回なら、私にとって一番心に残ったのは、海の大火事だけではありません。
今では走っていないはずのかぼちゃ電車が目の前を通ったこと。
「見れてラッキー」と喜んだこと。
和装のまま必死に走ったこと。
そして、自分だけ逃げずに周囲の人にも火事を知らせていたこと。
夢占いの答えよりも、こうした細かな記憶の方に、そのときの自分らしさが表れているのかもしれません。
これからも、夢を「当たる・当たらない」で判断するのではなく、自分の中に残った不思議な風景を記録して、あとから眺め直すための夢日記として残していきたいと思います。
※この記事に掲載している夢は、実際に筆者が見た夢を記録したものです。
※ChatGPTによる夢の解釈は、夢を振り返るための参考として紹介しています。医学的・心理学的な診断を目的とするものではありません。

