【わたしの夢日記①】かぼちゃ電車と海の大火事|和装姿で走り続けた不思議な夢の記録

夢から目が覚めたあとも、しばらく頭の中に残り続ける夢があります。

今回の夢で特に印象に残ったのは、「かぼちゃ電車を見られてラッキー」と思った直後、海の方で大火事が起きていることに気づくという、急激な場面の変化でした。

しかも私はなぜか和装姿。

火事から逃げながら周囲の人にも危険を知らせ、最後には競技レーンを走っていました。

夢らしい脈絡のなさがあるのに、一つ一つの場面は妙に鮮明でした。

今回は「この夢にはどんな意味があるのか」という夢占いだけではなく、私自身が夢のどこに引っかかったのか、起きてから何を感じたのかを中心に振り返ってみます。

かぼちゃ電車

見た夢

私は、和装姿でおつかい帰りに歩いていました。

すると、横をかぼちゃ電車が通り、「かぼちゃ電車だ!見れてラッキー」と言って後ろを振り向くと海の方では大火事になっていました。

かぼちゃ電車の運転士さんは「火事だから逃げなさい」と言いました。

私は走って途中、会う人に「海の方で火事だ!」と言いながら走り続けます。

他の人も走るようになりました。

走って逃げていたら最後に競技レーンをその和装姿で走っていました。

「ラッキー」から一瞬で大火事に変わったこと

この夢で一番不思議だったのは、気持ちが一瞬で切り替わったことです。

かぼちゃ電車を見つけた私は、

「見れてラッキー」

と喜んでいました。

ところが振り返った瞬間、海の方では大火事が起きています。

珍しいものを見つけた喜びと、すぐに逃げなければならない危機感。

まったく反対の感情が、ほとんど間を置かずにつながっています。

夢から覚めて振り返ると、私は「火事そのもの」以上に、この急激な変化が印象に残っていました。

楽しい場面を見ていたはずなのに、振り返ったら世界が変わっている。

夢の中では自然に受け入れていましたが、文章にするとかなり奇妙な展開です。

なぜ「かぼちゃ電車」が夢に出てきたのだろう

夢に登場した「かぼちゃ電車」は、完全に架空の電車ではありません。

新潟で実際に走っていた旧新潟交通電車線の車両です。

緑と黄色の特徴的な姿から「かぼちゃ電車」と親しまれ、電車線が廃止された現在も、旧月潟駅に車両が保存されています。

夢の中では、その今は通常運行していない電車が、ごく普通に私の横を走っていきました。

だから私は「かぼちゃ電車だ!」と喜んだのだと思います。

現実では日常的に走っていないものが、夢の世界では当たり前のように動いている。

そこには少しだけ、昔の風景に入り込んでしまったような感覚があります。

私にとって、この夢のかぼちゃ電車には「懐かしいもの」というだけではなく、現実にはないものがもう一度動き出す、不思議な存在感がありました。

和装姿なのに、とにかく走っている

もう一つ気になったのが、自分の服装です。

私は火事から逃げているのに、なぜか和装姿でした。

普通なら走りやすい服装になりそうなのに、夢の私は最後までその姿のまま走っています。

しかも最後にたどり着くのは、競技用のレーンのような場所です。

「逃げている」という状況だったはずが、いつの間にか「決められたコースを走っている」ような場面に変わっています。

ここも夢らしくて面白いところでした。

最初はおつかい帰り。

次に電車を見つける。

火事に気づく。

人に知らせながら逃げる。

そして最後には競技レーンを走る。

振り返ってみると、この夢はずっと「移動」が続いています。

場所も目的も変わっていくのに、私は最後まで立ち止まりません。

自分だけ逃げず、人に知らせていたこと

夢を文章にしてから意外と気になったのが、

「海の方で火事だ!」

と、途中で会った人たちに伝えながら走っていたことです。

自分だけが逃げればいい状況なのに、夢の私は周囲に火事を知らせています。

すると、その人たちも走り始めました。

夢を見ている最中には特に不思議に思っていなかった場面ですが、あとから考えると印象的です。

かぼちゃ電車の運転士さんから私へ、

「火事だから逃げなさい」

と危険が伝えられ、

今度は私から別の人たちへ、

「海の方で火事だ!」

と伝わっていく。

この夢には、何かを「知らせる人」が次々と入れ替わっていく流れもありました。

ChatGPTにも夢の象徴を聞いてみた

自分だけでは思いつかない見方も知りたくて、ChatGPTにも夢について聞いてみました。

ChatGPTの解釈では、

  • 火は、情熱や大きな変化
  • 海は、感情や無意識
  • 電車は、人生の流れや進む方向
  • 走ることは、変化に対応しようとする動き

などとして読むことができる、というものでした。

もちろん、夢に「これが正解」という意味があるとは限りません。

夢占いは医学的・心理学的な診断でもありません。

それでも、こうした象徴の読み方をきっかけにして、

「私はこの夢のどこが気になったのだろう?」

と考えてみることには面白さがあります。

ChatGPTの回答を読んで思い出したこと

この夢を見た少し前、私は創作活動の方向性について考えていました。

そのことを思い出すと、「火」や「走り続ける」という場面に対する見え方も少し変わりました。

ただ、今振り返ってみると、私が特に惹かれるのは「火=情熱」のような一つ一つの象徴よりも、夢全体の展開そのものです。

懐かしい電車を見つけて喜ぶ。

振り返ったら火事になっている。

誰かに逃げるよう言われる。

今度は自分が他の人に危険を伝える。

そして、和装のまま競技レーンを走る。

一つの意味できれいに説明できないところが、かえってこの夢らしい気がします。

夢占いよりも、「なぜ覚えていたのか」を残しておきたい

以前は、印象的な夢を見ると、

「これは何を意味するのだろう」

ということが一番気になっていました。

でも夢日記を書いていくなら、意味を調べることだけでなく、

どの場面を覚えていたのか。
起きたとき何を感じたのか。
数日後に振り返ると、どこが気になるのか。

そうした自分自身の感覚も残しておきたいと思っています。

今回なら、私にとって一番心に残ったのは、海の大火事だけではありません。

今では走っていないはずのかぼちゃ電車が目の前を通ったこと。

「見れてラッキー」と喜んだこと。

和装のまま必死に走ったこと。

そして、自分だけ逃げずに周囲の人にも火事を知らせていたこと。

夢占いの答えよりも、こうした細かな記憶の方に、そのときの自分らしさが表れているのかもしれません。

これからも、夢を「当たる・当たらない」で判断するのではなく、自分の中に残った不思議な風景を記録して、あとから眺め直すための夢日記として残していきたいと思います。


※この記事に掲載している夢は、実際に筆者が見た夢を記録したものです。

※ChatGPTによる夢の解釈は、夢を振り返るための参考として紹介しています。医学的・心理学的な診断を目的とするものではありません。

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